何かを変化させてゆく言葉があるとして

計算された言葉がよいのか

もしくは感情に任せた言葉がよいのか

それはよくわからんな。

時と場所を読み込んで巧みに使い分けるのがよいのか。

むしろ口下手のままでよいのか。

それもよくわからんな。

自由で自然体であるほうがよいのか。

経験と知恵を絞った方がよいのか。

わからんな。

おそらく混ぜこぜになってるんやろな。

それらは混ぜこぜになってこの世界に表出してくる。

混ぜこぜやな。

一体化し不可分。

絶対矛盾的自己同一やな。

真理を知るというのは大なる自己に従うのである、
大なる自己の実現である。
知識の深遠となるに従い自己の活動が大きくなる。

西田幾多郎先生は偉大です。